心の痛みの温度差を知って楽になる方法 | アダルトチルドレン カウンセリング

ごきげんいかがですか。

心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。

 

今日は、心の痛みの温度差について、お話してみたいと思います。

 

私は、現在 上智大学のグリーフケア研究所で

緩和ケアなど医療関連の現場に関しての勉強もしています。

 

今日は、その関連例から

実際の私の体験から、お話させていただきますね。

 

私の夫は、以前 ガンの手術を受けました。

初期のガンでしたから、今すぐ命に関わることではありませんでした。

 

私は、何時間も手術が終わるのを

病院の待合室のベンチで1人で待っていました。

 

そして、手術に入ってから半日くらいが過ぎて

やっと看護師さんが呼びに来てくれました。

 

「先生から、術後のお話があります」

 

案内された部屋は小さな無機質な部屋で

事務机とパイプ椅子。

そこに担当医と向き合って座ると、

医師は、いきなり私の目の前のテーブルに

切除した夫のガンの患部が入った容器をポンと置きました。

 

「きれいに取れましたよ~」

担当医は満足そうでした。

 

容器の中には、手術で使ったらしいピンが刺さったままの

切り取られた内臓が、無造作に放り込まれていました。

 

私は、このとき胸が潰れそうになりました。

 

夫のカラダの一部が切り取られて、そこにあったから。

 

 

看護師さんが、私の様子をニヤニヤしながら観察していました。

「さあ、奥さん 動揺するぞ」という感じで。

 

私は悔しくて、平然を装って

術後の報告と今後のスケジュールについて話を聞くと

 

「お世話になりました。ありがとうございました」といって

その部屋を出ました。

 

 

 

 

 

 

これは、病院では 日常茶飯事の光景です。

 

担当医も看護師も、別に何も悪気はありません。

自分の職務を忠実に正確にこなしたのですから。

 

ここには、心の痛みに対する明らかな温度差がありました。

 

夫のカラダの一部の切れ端を、何の心の準備もなく突き出された妻と

無事、今日の仕事を1つ終えた医師と看護師。

 

そこに、心の痛みが確かに存在することは

そこにいる全員がわかっているのです。

 

ですが、それに対する「心の痛みへの温度差」が

人を傷付け、

場合によっては、拭い去ることができないトラウマを

人の心に深く刻み込んでしまうこともあります。

 

「ドクハラ」という言葉は、こうした「心の痛み」を

病院で受けたトラウマから生まれたものですね。

 

そして、病院のスタッフや担当医に

怒りや悲しみをぶつけてしまう衝動に駆られたり

 

一生、恨んで憎み続けてしまうというのは

「毒母」という言葉とも共通する背景があります。

 

 

あなたは、今までの人生の中で

 

「わかってくれていない」 

「理解されていない」

 

など、傷付いたり、落胆したりした経験はありませんか?

 

アダルトチルドレンは、この「心の痛みの温度差」に

とても敏感です。

 

もう、何度も、嫌というほど

こうした大小のトラウマ経験を積み重ねて生きて来ているから。

 

そして、そういう思いをさせられることに

とても怯えていて、不安を持っていて、

 

二度と同じ思いはしたくない、お願いだからそっとしておいて。

 

そんな悲しさの中で生きています。

 

 

誰もわかってくれない。

 

だから、寂しい。 孤独。

 

 

「心の痛み」は、避けることができない場合があります。

 

それは、人間が生きている以上、仕方がないことなのです。

 

 

でも、そうした「心の痛み」について、あなたが

 

「どのくらいの温度で、その痛みを感じたのか」

 

それを知っていてくれる存在があると、

信じられないほどの心の救いになります。

 

 

その人が、たとえ助けてくれなくても、手を貸してくれる訳ではなくても

「そういう『心の痛み』を持って生きている、あなた」という存在が

今、現実に ここにあって、

 

それでも、毎日を何ごともなかったかのように

必死で心の痛みを抱えながら、生きている。

 

そういうあなたがいるのだということを

たとえ傍観者としてでも、「知ってくれている誰かの存在」こそ

あなたの心の苦しさを助けてくれる

かけがえのない存在となってきます。

 

信仰のある人が逆境に耐えられるのは、

「誰もいなくても神様は見守ってくださっている」という

自分を認めて、知ってくれている存在があることを

心の中に信じて、持っていられるからですが

 

私たちは、それほど大きな信仰がある訳ではありません。

 

お正月に初詣に行ったり、受験のときに合格祈願の絵馬を書く程度。

 

信じられるものの支えが、ないのです。

 

だから、気持ちが不安定になってしまうのですね。

 

 

そんなときは、カウンセリングを利用してみるというのも

1つの方法です。

 

 

話したことで、あなたの「心の痛み」を

「知っている人の存在」を作ることができます。

 

カウンセリングって、そういうものでもあるのです。

 

 

気軽に、利用してみるのも悪くないですよ。

 

 

 

 

 

 

関連記事

コメント

  1. SECRET: 0
    PASS:
    そんなことが実際にあるんだと初めて知り驚きました。
    少しずれますが、私の父はガンで亡くなりました。
    最期に間に合い看取れたのですが…
    悲しいという感情も、涙すら出てきませんでした。
    逆に悲しいと演じなければと思うほどで。
    父には特に憎しみはありません。
    と書くとウソになりますが、
    明るく活発で、でも私の相談には乗ってくれない
    あまりいいイメージはないですが。
    いまだに悲しい感情がわかないのが不思議に思います。
    ある人は、
    自立
    しているからだと。
    また、ある人は
    独立して、一人のヒトとして生きているから
    だと。
    どうも腑に落ちないまま過ごしています。
    いつか分かる気がするのかな。
    すいません、完全にずれたメッセージですが、
    冒頭の文を読んでいてふと書きたくなりました。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    待合室で一人で待たれていたのですね…

  3. SECRET: 0
    PASS:
    >次世代の行動する組織構築コーチ・コンサル 植松たけしさん
    コメントありがとうございます。
    そうだったのですね。
    お父様とのこと。
    私にも似たような経験があります。
    こちらの記事で書かせていただいていますが。
    親の死を悲しめなかったことへの罪悪感を持つあなたへ
    http://ameblo.jp/hanatukiyo-life/entry-12208312641.html
    医療現場での、患者側と医療側の感情のズレは
    最近「医療接遇」という分野で見直されて来ていますが
    実際のところ、医療者は本来の医療の仕事に追われて
    患者の感情面でのサポートにまでは手が回らないというのが現状のようです。
    医療者:患者ではなく、人と人としての関わりを考えられるようになれば、お互いにムダに傷付くことを避けられるのだろうなと思っています。

  4. SECRET: 0
    PASS:
    >acsapporoさん
    コメントありがとうございます。
    そうですね。
    1人でした^^

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


おすすめ記事


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングルームへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ ピアサポート・ピアカウンセリングへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへ

アダルトチルドレン*メールカウンセリング

ページ上部へ戻る