コンプレックスが生きる力だった母親 | アダルトチルドレン 毒母を産んだ社会的背景


こんばんは。
心理カウンセラーの加納由絵(かのうよしえ)です。
今日は、ハッピースマイル千葉@柏に出展させていただきました^^
その様子は、また後日 ご報告させていただきますね。
とても楽しいイベントで、
私はTCカラーセラピーとオルゴナイト販売をしました。
さて。
コンプレックスが生きる力だった母親について。
先日、駅のホームで電車を待っていた時に
向かい側のホームに、ずいぶん凝ったデザインの黒いワンピースを着た
初老の女性が立っているのを見かけました。
それは喪服で、とてもステキなデザインでした。
知らない女性でしたが、その姿を見て
「亡くなった方のご不幸を悼む場所に、
そんなにオシャレをしていく必要があるのかな?」と
なんとなく、違和感のようなものを感じた時に、
ふと、自分の母親のことを思い出しました。
私の母は、お葬式やお通夜にうかがうときは
「その葬儀の場所で、自分が他人から どう見られるか」ということに
異常なほどに神経を使う人でした。
その葬儀に出席するために、わざわざ購入した黒真珠のネックレスと指輪。
卸したての喪服。
美しい筆文字で書かれたお香典袋。
お香典を包む、家紋入りの袱紗(ふくさ)。
亡くなった方を悼みに行くという本来の目的以上に
「そこで、人の目に自分が どう映るか。どう見られるか」ということが
何よりも一番の関心事でした。
親戚の葬儀などの際は、私も同行する必要があったので
私にも、同じように「娘としての恥ずかしくない立ち居振る舞い」や
その場での居かた、あり方を要求しました。
「そんな髪型で恥ずかしくないの?もっと、キチンと結びなさい!」
「それじゃなくて、綺麗なハンカチがあったでしょう?」
「お数珠は、忘れるんじゃないわよ、恥ずかしい!」
人から笑われたくない、恥をかきたくない
娘のせいで、自分が恥をかかされたくない。
それが、母にとっての最大の関心事でした。
そして、母は自分のことを気にするだけでなく
葬儀に集まった人達のアラ探しをしては、悪口を言っていました。
「あら、◯◯さんたら、また あんなことして。恥ずかしくないのかしらね!」
「まあ、☓☓オジサンったら、みっともない!」
といった具合にです。
そんな母に対して親戚中から、
「由絵さんのお母さんは、ご立派ね」「偉いわね」と言われるのが
私は顔から火が出るほど恥ずかしかったものでした。
それは、決して母が ほめられているのではなく
「エラそうに、あなたのお母さんって、何様のつもりなの?」
「また、気取って」
「見栄っ張りも あそこまでだと鼻につくを通り越して哀れだわね」
親戚中から、影で そうして笑われていることを
私は知っていましたし
わざわざ私に、それを言ってくる叔母たちもいました。
母は、「恥をかきたくない」というコンプレックスだけを
生きる力としていました。
そして、それを 私の人生にも強要していました。
自分の誇りを傷付けるような娘の存在は認めない。
そんな感じでしょうか。
そして、そのコンプレックスのために
逆に、周囲の人達の笑いものになっていることに
母は気付いていませんでした。
それは、私には いたたまれないほど悲しく
惨めな気持ちにさせられるものでした。
今も、母は その頃のままで生きています。
歳をとって多少は丸くなったものの、基本的には何も変わっていないし
相変わらず、自分のコンプレックスと共に生きています。
今も母にとっては、
賛辞の言葉や うらやましがられることが
老後の唯一の、なによりの生きがいで
「スゴいわね~」という言葉が麻薬のように心に響くのでしょう。
それは、とうとう孫達の進学にまでおよびました。
私の子供たちや甥や姪たちは、直接の被害はありませんから
「世話のかかる祖母」くらいにしか見ていないようですが。
そういう母とでも、まあ 多少の距離は取りつつ
普通に付き合えるようになるまでには
相当な時間が必要でした。
何十年、という年月ですね。
そういう母親でも普通に付き合えるようになったのは
認知行動療法とアサーショントレーニングの積み重ねの成果です。
最初から、そんなことなく
ごく普通の親子として生きて来られたら
もう少し違う人生だったかもしれないな、と
私自身の半生を振り返ることもありますが
それはそれで、長い目で見れば貴重な経験だったかな、と思っています。
それがなかったら、私は おそらく 今 カウンセラーとして
仕事をしていないと思うので。
駅で見かけた赤の他人が着ていた喪服から思い出したのは
親しい人の葬儀の悲しい記憶ではなく
可哀想なコンプレックスまみれの母親との記憶でした。
現在、60~70代になっている女性に育てられた娘は
自分の母親のことを「毒母」と呼んでいる人が多いと思います。
この世代は、戦後の社会的なコンプレックスを抱えて生きてきた
戦争が産んだコンプレックス世代の女性たちなのです。
戦争によって失った、自分の人生のリベンジを娘に夢見たり
娘を自分の分身、投影として無意識に支配してしまう悲しい世代です。
先日のオバマ大統領の広島でのスピーチを見て
「被災者、被爆者は、広島・長崎だけではなく、
戦争は すべての人を不幸にした。その子供、孫たちまでも。
無邪気だった ごく普通の女の子たちを
『毒母』というバケモノに作り変えて。」
そんなことを感じました。
この毒母の負の連鎖を、
私達の世代で断ち切るための努力を
これからも続けていきたいと、
そんなことを思いました。

 体験カウンセリング日程 
◆2016年6月  3日(金) 千葉県 柏サロン
【柏サロン*期間限定】アダルトチルドレンまたは不妊カウンセリング 60分3,000円
◆2016年6月10日(金) 千葉県 柏サロン
【柏サロン*期間限定】アダルトチルドレンまたは不妊カウンセリング 60分3,000円
◆2016年6月14日(火東京都 錦糸町サロン
【体験カウンセリング】アダルトチルドレンまたは不妊カウンセリング 
◆2016年6月28日(火東京都 錦糸町サロン
【体験カウンセリング】アダルトチルドレンまたは不妊カウンセリング 

コメント

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    はじめまして。
    いつも共感を持って読ませていただいています。
    私の母も相当な毒母です。
    もう80を過ぎていますが、彼女の生育歴を考えると、家庭環境以外にも、空襲や学童疎開など特殊な経験を重ねた結果の心理的欠陥が多々あると思っています。
    TVの戦争番組などで、年配の女性が言葉少なに「戦争はよくない」とだけ語るその果てのない哀しみ、心の傷の深さを思います。

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